第一回・下

 玄女は袁公を伴って天にのぼり、玉帝に朝見しました。玉帝は袁公を気に入り、白雲洞君に封じ、九天秘術書を管理する役を与えました。秘術とは何か? 人間に伝わる術の書物なら三教九流を問わず、全て天上にもございます。が、秘術は人間がいまだかつて見たことも聞いたこともなく、数えきれない書物が金のヒツや玉の箱に入っております。毎年五月五日には修文院の舎人(とねり)が検査に来ますから、これらは院の管轄でして、袁公もここに属しておりますが、つれづれに書物をひも解くなどは禁じられておりました。ちょうどその日は西王母(せいおうぼ)の蟠桃(ばんとう)の会にあたり、玉帝は神々を引き連れて崑崙山の瑤池(ようち)の宴におもむきました。その様子を古風な詩で追ってみましょう。

  崑崙は赤水陽にあり いにしえ人は天の中心とみなせり
  輝く星は天の柱にかかりて 日はそのかたわらをよぎる
  園は珠にふちどられ 宝石の樹と奇妙なる花は蒼古たり
  万丈の蟠桃その中にありて 花蕊は千年を待って身もだゆる
  千年で実りて千年で熟せり みずみずしき果実は紅玉のごとし
  このとき王母は宴を張りて 十万の神仙ともに祝えり
  宴は高く碧き珠の小家に張りて 鳥はきらめき巡りたり
  美童は羽衣を舞わせ 霊姫は楽を奏でる
  盃は巡り神々の顔を染めたとき 仙果は玉の鉢に盛られり
  これを食すれば永遠の寿を得るが 一つ二つはたやすく盗れよう

 ときに袁公、術は修めたものの一度もこの仙果にありついたことはなく、天官とはいえ何ぶん下っ端ですから、宴会にも連れて行ってもらえません。猿の本性で、かれは果実には全く目がなく、聞けば蟠桃は枡(ます)くらいの大きさで三千年に一度実を結び、これを食った者は途方もない寿命を得るという話。どうして涎が垂れずにいられましょう。煩悶したあげく、袖の中からあの二つの弾丸を取り出し、「疾!」と息を吹きかければ雌雄二つの剣と化して左に跳び右に踊り、ひとしきり剣舞を演じたところで袖を一振り。剣の光が引っ込んで、また袖の中に戻ります。時をおかず猛然と思いついたのが、みずから管理する幾多の秘術書のことで、今こそ盗み見るチャンスではありませんか。きょろきょろと金のヒツや玉の箱を眺めますと、どれも三教九流の類いらしく、袁公は多くの儒教ふうの文字を見て口の中でブツブツと、
「秀才を売買す。かれを縛りて逃すなかれ、か……」
 また仏教ふうの字を見て「黄色い顔の老人は人相よからず」。さらに道教ふうの文字を見て「これぞ老猿の本性なり」。するうちに、一個の玉の箱が目につきます。上に無数の封印があり、どうやら毎年、修文院の舎人が視察に来たとき、封をひとつずつ追加しているようで、開けた形跡がありません。
(ほお。ここまで厳重に封印されているということは、よほど貴重なものだろう)
 そう考えて、封を引き剥がし、両手に持って、蓋を取り去ろうとしたところ、まるで瞬時に新たな蓋が生まれたように、全く動きません。
「なんだこれは!? もし鉄の箱なら少しは錆びてもいようが、どう見てもこいつはピカピカの玉の箱だ。いったいどんな作りなんだ? まあいい。ちょっとずつ動かせばいずれ開くだろう」
 平常心を奮い起こし、もう一度乱暴に開けたとたん、蓋はまた金色の光を発し、ガツンと釘で打ちつけたように戻っておりますが、さいわい毛の太さの半分くらいは動きましたか。もしもかれが並みのサルでしたら二度の失敗に手を鳴らし、地団駄を踏み、頭を叩いて焦ったことでしょう。けれどいやしくも永年、修業を積んだ袁公ですから、血の気を静めて考えます。そして急いで玉の箱を両手で捧げ持ち、ひざまずいて、
「我が師、九天玄女お嬢さまが弟子を助けられたのも縁あってのこと。蓋を開けば末永く法を守り、決して間違いはいたしませぬ!」
 叫びながら箱を三、四回叩き、引っ掻いてから開けてみますと、蓋はすんなりと開きました。中に炎が刺繍された包みがあり、開いてみると縦三寸、厚さも三寸ほどの小冊子が出てきました。表紙にある三文字の題を読めば”如意冊”。開けて目次を見ますと、百と八つの変化の法のうち天[?]の数にあたる三十六の大変と、地殺の数にあたる、七十二の小変が記され、とくに瞬間移動の奇法と鬼神を使う妙法があります。袁公は内心大いに喜んで、
「永年師について学んだが、今日この一書を手に入れただけで、より多くを悟った。まるで初めて火を知って飯の焚きかたを覚えた気分だ」
 そう言って「如意冊」を握りしめると、雄叫びを上げ、雲の端から飛び込み、雲夢山白雲洞に戻って参りました。洞の中では子猿やら孫猿やら、その他あらゆる種類のサルが喜ばしげに飛び跳ねながら、かれを迎え、挨拶いたします。袁公は申します。
「このたびわしは天書を得た。今日から教師となって、おまえたち全員を仙人、いや、仙猿にしてやろう。そのために、まずは洞窟の両壁をそびえ立たせ、平らに磨いてほしい」
 話を聞いてサルどもは神妙になり、壁を掘りに掘り、磨きに磨き、あっという間に両壁を鏡のように仕上げました。袁公は石卓の上で墨を摺り、筆をひたして、西の壁に向かって三十六の天[?]大変法を写し、東の七十二の地殺小変法を書くと、サルどもに彫り刻むよう命じました。
「ハハハハハ! 天上無私といわれるが、ならばなぜ秘密の本があるのだ。三十三天の老大皇帝ともあろうお方がケチったものを、この老いぼれが世に広めて善をなすのだ。さあ可愛い弟子たちよ、あくまで術を学ぶがよい」
 ところがサルどもは口を揃えてこう申します。
「そんな! 御老公が教えてくれずに、どうして俺たちに理解できましょう」
「とても身が持たんわい。わしも暗記はしたが、まだ稽古はしておらぬでな。よし、あと半月と十日でちょうど玉帝の不言不語の時節となって、わしも暇になる。その時に逐ってここで演習を行うとしよう」
 と、言い終わらぬうちに、鳴り響く轟音。サルどもは縮み上がります。
「雷だ! 天変地異だ!」
「雷鳴ではない。天門で報鼓が鳴っておるのだ。裁判が行われるときに鳴らされるもので、儒書に”鼓を鳴らし而して攻むなり”とあるやつだ。わしがちょっと様子を見て来るから、おまえたちはここでじっとしていろ」
 言うやいなや身を踊らせ、ひとっ跳びで洞窟を出て、しげしげと天門を見上げました。ここにおいて、袁公は許されざる天の法を犯し、軽からざる罪を得たことが知れます。まさにこれ、

  天の行いは計り知れず 目下の災い免れ難し

 果たしてこの吉凶は如何なることになりますやら、次回ぶんにてお話しいたしましょう。