英明(ショートショート)
部屋に挽きたての珈琲の香りが広がる。
それをカップに注ぎいれると、両手で包み込んで口をつけた。
最近とみに彼のことを思い出す。
5年前の彼。5歳年下の彼。今の彼はちょうどあの頃の私と同い年だ。
英明は私が出会った中で最高にカッコよくてスマートだった。
前に二人で撮ったプリクラを見た友人が、口々に「この人一般人じゃないでしょう」とか、
「すっごくかっこい〜♪」なんて言ってたっけ。
元ホストだった経歴もあってか、物腰も柔らかく人の扱いが上手い。
ホテルマンに転職したのもまさに彼にとっては天職だったろう。
あれから2度、私は携帯番号を変えた。
だから彼から連絡を取る事はできないし、私も取る気はない。
だってあんなに綺麗な別れ方をしたから、もう彼との想い出を増やすつもりなんてない。
あれだけ息のあったダンスなんて今更できるわけはないし、彼の今の環境がそれを許すかどうかもわからない。
なのに何故、今になって…?
「声」だ。
この間、彼と同じトーンで同じような喋り方をする人に出会ってしまった。
顔だって性格だって全然違うだろうに、声だけで彼に重なる。どきどきする。
その人にとっては迷惑な話だよね。私の人生において、ほんの一瞬の通りすがりでしかないはずなのに。
ちょっと笑った。
最後の一口を飲み干してカップを置く。
冷め切った珈琲は香りだって薄まっている。
さてと、買い物に行かなくちゃ。
晩御飯はせめてもの償いに、旦那様の好きなものを作ってあげようかな。
<END>
2005.6.音和さいる