回廊＜KAIROU＞（ショートショート）

人を狩ること、それは私にとって日常だった。
何故なら、そうすることが当たり前とされていた時代だったからだ。
軍人である以上、上の決定には従うべきだろう、違うか？
直接手は下していないが、まぁ、自分も当時はそれを支持する側の立場にいたのだから、言い逃れはできまいし、する気もない。

人を人としてみること。
そこにはそういう感情を差し挟めるような余地はなかった。
敵を人間として見てしまえば、誰一人殺すことはできなかったであろう。
感情を残せば、そこに待つのは狂気しかなくなってしまうからだ。
アーリア人こそが本当の人類であり、我々と血を異にするものはそれ以下の生き物。
だからこそ、そこいらの動物と同じようにやつらの屍があちこちに転がっていった訳だ。

でも、実際どこが違うというのだ。
私は幾重にも重なり合ったそれらを踏み歩き、蹴飛ばして顔を上向けさせては思った。
赤い血を流し、頬をこけさせながらも同じような位置に目鼻があり、 時にはこれが自分達以下かと訝るべき、美しい死体も見た。
そして十字を切る。
神を信じてはいなかったが…。

醜聞。
本当の彼を知らない人は彼の事を「狂った悪魔」などと平気で罵った。
でも、彼の積み重ねてきた苦労と努力は並大抵のものじゃない。
知識だってかなりの蓄えだ。
それに、たくさんの鎧で隠しても隠し切れない、垣間見えてしまうその危うい繊細さが、私を惹きつけて止まなかった。
何もしなかった、できなかった奴等にそんな事を言う資格はない。

それでも、心の痛みはどんどん増していく。
私はＡを信じ、愛してもいたが、彼のエスカレートしていく様子に
どうしたらいいかわからなくなっていた。
ただ、側近として近くにいられるのは、正直嬉しかった。
エヴァよりも長く一緒にいられるのだから、同じ軍人であることが誇らしかった。

そのうち私は街を視察に行く機会を得た。
そこで、猫を拾った。
仲間にはそう言ったが、それはまだほんの小さなユダヤ人の孤児だった。
ちょっとした気の迷いだろう。
それとも罪滅ぼしのつもりか？
それから私は、目に付いた猫を拾うようになる。
妻もいないことだし、ちょっとは賑やかになったほうが楽しくていいだろう。

最初に拾った猫は一番のお気に入りだ。
巻き毛が可愛く、くるくると身を躍らせた。
「ルキア」と言った。
だから私もそう呼ぶことにした。
見つかれば、私も死罪だな。
皮肉な笑みが浮かぶ。
それでもこの子がいつか本当の笑顔を取り戻せるなら、私はもうどうでもよかった。
きっとこの頃、Ａの呪縛から解き放たれていたのかもしれないな。

戦争が終わり、私は戦犯として捕まる立場になった。
人以下だと思っていた者達に引っ立てられながら、内心私は「それでいい」と思っていた。
ただ、あの猫達がこれから生活していけるのか、それだけが心残りだったが。

死んだ日付は記さずともよいだろう。
私は銃殺された。
ただありがたいことに、この重いロートルな身体から離れると同時に、
今までの殺戮のカルマを解き放ってくれた者達がいた。
あれがもしかしたら、私が信じてこなかった神という存在達だったのかもしれない。
アーメン。

私のようにあの時代を生きてきた者達が、立場は違えども同じように「今」に転生を遂げてきている。
過去の教訓を生かして「今度は血を流さない時代を」と願う者も、相変わらず血に飢えた心に鬼が住まう者も、同じように同じくらいの数…。
この時代でどちらが権力を握るのかは、それぞれの思いの強さによるのだろうか。
全ての人が自分と同じく大切な存在（イノチ）。
それを忘れなければ、私達はこれからも心安らかに生きていけるだろう。

＜ＥＮＤ＞

2007.8.音和さいる