とりあえず「何のために?」

某日のカウンセリングより、多少アレンジしてお送りします。
お客様は妙齢の女性。
ご相談は「娘が30代になっても家にお金を入れない。いつまでも子供のままだ」というもの。
いわゆるニートちゃんですね。

まぁ、カウンセリングをしてほしい人というのはまずは愚痴を聞いてほしいというのがほとんどなので、吐き出すことができればある程度はスッキリするものです(場合によっては口を挟むと激昂される方もいらっしゃるので注意)。
しかし、この場合は多少のコーチングも必要かなぁと。

まぁ、基本親の甘やかしが生んだ結果なので、今更その子を変えようと思ってもなかなかうまくいくものではありません。
親がまず考え方を変えなければ。
そして、接し方も。

まず尋ねます。
「あなたは何のためにお子さんを産まれたんですか?」
それなりにお返事があります。
「それはあなたの望みですね」
「はい」
「では、お子さんの望みは何だと思いますか?」
…まず、止まります。
大抵、相談してくる方は自分の立場でしかモノを考えていないからです。
エゴが悩みを作っているんですね。

物事に対して「何のために」という疑問を持つことは、初心に帰るためにも必要です。
「何のために結婚したんだっけ?」とか「何で子供をほしいと思ったのかしら?」とか。
そこに立ち戻ると、自分の歪んでしまった視点が自動的に調整されることにもなります。

ニートちゃんの親の場合、親が「可愛い子供を手放したくない。そばに置いておきたい」という願望が、そういう結果を生んでいたようです。
それに気付いただけでも、彼女の心から不必要な感情の手放しが始まります。

子供が可愛い。
はい、そうでしょう。
でも、必ずしも手元に縛り付けることだけが可愛がる方法ではありません。
あなたがかつてもぎ取ってしまったものを再生するのには、それなりに時間がかかるでしょう。
それは仕方のないことです。
お互いに甘えあえる一卵性親子は楽しいかもしれません。
ただ、お互いに一人でも十分に歩ける存在であることを、そろそろ認識してもいいかもしれませんね。

霊的なカルマの解消として、ニートになる場合もあります。
それは前世で飢餓や戦争などで幼くして亡くなり、親の愛情を受け取りそこなった魂の場合です。
親に余裕があれば、その解消としてそれにつきあってあげることもアリだと思います。
ただ、共同生活をする上でのルールなどを提示しておくことも、社会人としてその子が生きるためには必要なことです。
それは公的な場でも家庭の中であっても同様なので、そこをまず確立させてください。

後はあなたの溢れる愛情次第でしょう。
使い方を間違えなければ大丈夫ですから、上手に加減してくださいね。

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