まえのページ



どの仕事も、体力の要る仕事だと思います。
それに根気が要ります。
山林というものは、概して広いのです。

その面積の単位は、
昔は1反歩(たんぶ)とか1町歩(ちょうぶ)とかで表しました。
今はa(アール)とかha(ヘクタール)とかですが、
数字の部分の比較で昔と今の単位は同じなので、
感覚は同じだと考えて良いと思います。

1反は300坪で、1町は3000坪ですが、
中には10町歩という大変広い山があり、
こんな山で仕事をすると、自分はアリのようで、
1日仕事をしてもどこで1日働いたのか、
自然の大きさを目の当たりにして、自分の無力感を覚える時ばかりです。

こんな過ごし方の年月が、10年余り続きました。

皆さんご存知のように、昨今は国産材の材価の低迷が言われて、
それが自然の崩壊につながっていると言われています。
材価には、原木(丸太)の価格と、板や柱にした製品の価格(平均価格)
がありますが、1本、1枚単位ではなく、立方メートル単位で表します。

私が林業を始めたS40年代の材価は、
市場の原木単価・杉材1立方メートルで約3万円台、
S50年代は約2万円台、
平成に入りますと1万円台の半ば、
今は1万円を前後しています。

現在の水準は、コストを差し引くと、
林業家に残るお金はほとんど0に等しく、
これ以上の価格の下落は無い所まできている状況です。


   

途中の話が大変多くて、話が脱線ばかりしていますが、S56,7年ころ、
それまで就いていた林業から生まれる所得では
生計が成り立たないのではないか、と思う気持ちが続いていました。

そこで、自分が好きな木で、いろんなものを作ってみてはと思い、
身近にある原木丸太の端材で、最初に作ったのが、
夕涼みの半割り丸太のベンチでした。
何台か作ると、親戚や知人に好評で、
その年から、冬の雪降りで屋外の仕事ができないとき、
納屋であり合わせの道具で。

今考えてみると、とても作品と言えない、
物作りの始まりだったように思います。 

つづく


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