曇りのち晴れ・作上野貴子 本文へジャンプ


曇りのち晴れ・・・・・エッセイ集

  
毎日の日記とミニエッセイで綴った句集・・・・・・1月の章

極楽への切符を探して

極楽への切符を探して

 
  信州は長野にある善光寺参りと言えば「一度お参りすれば誰でも極楽往生できる。」と言われ、今も昔も1400年もの長い間、多くの信仰を集めています。仲見世には、タイムスリップしたような感覚を感じさせる古い建物が多く、レトロなムードが溢れています。軒を連ねている土産物屋に入ってみると、そば饅頭や信州名産のおやきが、ふかふかと湯気を立てて売られています。その奥には、お漬物や、そば茶などが自由に味見出来るようになっていて、寒い雪の中の初詣には、体の暖まるありがたいサービスです。そんな仲見世には、門前ならではの数珠やお香などの仏具を揃えた店も多く、のぞいてみるのもまた風情があって面白いものです。例えば、数珠は男性に大きな玉を使い、女性には普通小さな水晶などの玉を使うことなど、土産物屋のお爺さんに聞いたりして、現代っ子の私にはなかなか勉強になります。本堂には、善光寺にしか無いと言われる「お戒壇巡り」という変わった参拝法があり、これがこのお寺に大勢の人を引き寄せているようです。「お戒壇巡り」とは、秘仏と言われ絶対に見ることのできない本尊の真下に造られた、45mの地下の回廊巡りのことなのです。真っ暗な回廊を手探りで進み、本尊真下の錠前に触れることができれば、目出度く極楽往生への切符が手に入るという儀式なのだそうです。私も以前初詣に夫と二人で、この「お戒壇巡り」とやらをやって来ました。おかげでその年は風邪をひかずにすんでいます。気のせいかもしれませんが、噂どうりの御利益があったのかもしれません。まあ、子宝のほうは、いまだに授からずにはいますが・・・。

新春に咲く福寿草

新春に咲く福寿草


 福寿草と言えば、江戸時代から現在に至るまで、新春を寿ぐ花として、お正月の鉢植えに最も多く好まれ、季語にまでなっています。新しい日々への期待を膨らませている莟に、繁栄を象徴するといわれる黄金色の花。江戸時代の人々も、新しい年を迎える喜びと希望を、この小さな花に託し、その年の無病息災を祈ったに違いありません。もとは陰暦の新春に咲いたので、新年を祝うめでたい「福」「寿」の文字を用いて福寿草といい、他に元日草、朔日草などと、いかにもおめでたい名前がついています。新春を待ち侘びていたとばかりに顔をのぞかせるさまはとても可愛らしく、今も昔も、張り詰めた気持ちを和ませてくれる大地の息吹を感じます。今年も可愛らしい福寿草の花が、新春の玄関や床の間を明るく華麗に彩り新しい年の始めを祝ってくれることでしょう。


  

山茶花の咲く庭

山茶花の咲く庭


  山茶花の花は日本特産。山口県から、九州地方にかけて野山に自生していますが、多くは鑑賞用に植えられています。古い文献にはサザンカの名は見当たらず、その昔は、山茶花と椿の名は厳密に区別されていなかったようです。山茶花の園芸化は江戸初期にすでに始まっていたとされており、都内では、大名庭園で名高い六義園などでもその美しい姿を見ることが出来ます。六義園は江戸時代に五大将軍、徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主、柳沢(やなぎさわよしやす)が元禄15年に築園した和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水」の大名庭園です。秋も深まる頃に訪れると、池をめぐり幾つかの御茶屋があり、その回りに丹精に整えられた山茶花が咲いています。野生種に白い花が多く、園芸種には赤い花が多いようです。園芸種には、現代ではかなりの種類があり、その数は九十五種を越えると言われています。椿が春に咲くのに対し、山茶花は秋の終わりから冬にかけて、椿より先に庭園を賑わすようです。山茶花は椿よりも葉が細く花もやや繊細なイメージで、椿は花ごと落ちますが、山茶花は花弁が一枚づつ散るようです。花の少ない冬に咲くので、俳句の句材にもよく使われています。代表句に

         山茶花のこゝを書斎と定めたり

                    正岡子規


など、数々の名句があります。寒い冬の木枯しから逃れ、庭園に咲く山茶花。とても可愛らしい句材ではないでしょうか。