おしゃべりケーキ物語・著上野貴子
可愛い小鳥達の囀りに目覚める、今日、この頃。
ここ世田谷辺りでは、そんな、澄んだ小鳥達の声に、何時の間にか、
「ホーホケキョ」
と鶯の声が、混じっていることに気がつきはじめるのが、短い二月も、もう終わろうとしている頃から、三月。
いつになく気がかりな、そんな鶯の声に、
「そうだ、今月は鶯色のケーキを作ろう」
と私は、思いたった訳なのです。
鶯色とは、緑色だから、緑色で何か思い当たるケーキの材料はないものかと考えました。
「何時ものように果物をタルトに乗せるとすると、キウイだ」
「でもキウイでは、何処か原産地オーストラリアの南国風なイメージで、春のケーキにはちょっと合わないな」
緑色の春のケーキを作るには、どうやら果物では、しっつくりしません。
そこで、私は、日本の和菓子にある、鶯餅にかかっている、あの、緑色の黄な粉のような物は、何なのかと考えたのです。
「緑色の粉。それは、いったい何なのか?」
これは、まるで世界の果ての未開の地への探検にでも出かけるような気分です。
ところが、お菓子の本で、調べて見ると、
「何のことは無い。黄な粉は黄な粉」
「呼び名もそのまま、青黄粉」
これは、やっぱり黄な粉の種類で、簡単に青黄粉と言うらしいのです。
どうやら、この青黄粉とやらは、古くからの、和菓子特有の色合いのようです。
「これでは、そのままケーキには出来ないわ」
「緑色のアスパラガスでは、ピザになってしまうし
「メロンでは、ゼーリーなんかの夏のお菓子だし」
「いっそアボガドでは」
とも思いましたが、いくらなんでも、甘さが足りない。そんなこんなで、
「緑色のお菓子は、日本特有の色彩感覚から生まれ出るものなのかも知れないんだから・・・・」
「それならば、お抹茶の緑がいいかも」
も思いました。
お抹茶のケーキは、わりとよく見かけます。
ところが、お抹茶では季節感がありません。新茶の季節だと、夏になってしまうのです。
これはもう、しかたがありません。春色のお菓子を求めて、所詮、日本独特の季節の旅に出るしか無いのです。そうなると、新しいオリジナルケーキを考えるどころではありません。この日は、銀座のカルチャー教室での句会の予定ですから、銀座三越のデパ地下あたりで、美味しそうな、緑色の春の和菓子を探すしか無いのです。
「まったくこれは一大事です」
そうして、銀座のデパ地下を、うろうろと、探し回ったあげくに、
「やっとあった。春色の緑のお菓子」
と思いきや、
「結局、やっぱり、鶯餅と、蓬餅しか無い」
という、全く残念な結論に至ったのでした。
「ちょっとショック!」
そして、鶯餅の方は、すでに季節が終りかけていて、あまり美味しそうな物がありません。それでは仕方がありません。
「もう、蓬餅にかけるしか無い!」
そうです。考えてみれば、蓬餅と言うのは、まぎれもない草餅なのです。
お正月の白いお餅に飽きた頃に、よく田舎のお母さん達が、
「裏の畑から摘んで来た」
と言っては、搗いてくれた、あの草餅そのものなのです。
「確かに春とは言え、鶯餅は、かなり早い時期が食べ頃なのかも・・・」
とか何とかいって仕方なく、デパ地下を探しまくったあげくの哀愁ただよう緑色の蓬餅。これは、蓬を茹でて作るものですから、鶯餅よりも、微妙に長持ちするらしいのです。そうして、
「これで、もう、しょうがないな〜〜」
と一息ついているやさきに、これがまた、急に目に飛び込んで来たのが、春の桜色のお菓子です。花ではまず、桃の節句の桃の花が先に咲くのですが、これは実になるまでケーキの材料にはなりません。まだ、さくらの花の季節には、少し早いのですが、どうにも目立って目に入って来るのです。可愛らしい桜の形のチョコレート菓子が
「春は、私をおいて、他にはありませんよ」
と言わんばかりに、可愛いピンクのラッピング飾りに彩られ、何とも綺麗に並べられているのです。
「桜のお菓子・・・・これは、買ってあげるしか無い感じ」
何か仕方がないような、早いもの勝ちの、お決まりのコースっぽい気分ですが、「まあ、いっか」
「兎に角、これでよし・・・・」
今月はこの二つのペアーに決まりです。これぞ、緑とピンクの春色のお菓子に相違ありません。
折から降り出した、小雨の傘の中に、この春色のお菓子のペアを大切に抱えて、私は会場へと向かったのでした。 今月は手作りのケーキでは無くて、少し残念ですが、
「どうか、ご勘弁のほどを・・・・・・」
それではこの日の句会がこのあといったい、どうなったのか、来月号(おしゃべりHAIKUの会の会報)をお楽しみに・・・・・。
故郷の風をお皿へ蓬餅 貴子
(この日の銀座句会で点の入った句です。)
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